2020/12/17
「可能性がある」という言葉は、ほとんど意味を持ちません。
いきなり何を言っているんだと思われそうですが、もちろん「可能性がある」という言葉そのものに意味がないと言っているわけではありません。
「可能性がある」とは、その物事が起こる確率が0%ではないということです。これは明確な意味です。
しかし、言葉とはコミュニケーションの手段でもあります。自分の持っている情報や意図、考えを相手に伝えるために言葉を使う。
そのための言葉として考えたとき、「可能性がある」という表現はあまりにも情報が少なすぎるのではないでしょうか。
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その「可能性」は何%なのか
1%でも50%でも99%でも同じです。すべて「可能性がある」の一言で表現できてしまいます。
これでは「可能性がある」と言われた側には、話し手がその出来事を「ほとんど起こらない」と考えているのか、「五分五分」だと思っているのか、「ほぼ確実に起こる」と考えているのかが分かりません。
もちろん「0%ではない」という情報だけは伝わっています。しかし、それだけで何を判断すればいいのでしょうか。
「可能性がない」は分かりやすい
逆に「可能性がない」という言葉について考えてみます。
こちらは非常に分かりやすい。「可能性がない」とは0%ということです。そこに解釈の幅はほとんどありません。
ところが「可能性がある」になった瞬間、その適用範囲は一気に広がります。限りなく0%に近い可能性から、限りなく100%に近い可能性まで、どちらも「可能性がある」の一言で表現できてしまいます。
私が問題だと思うのはここです。
「可能性」という概念がおかしいのではなく、「可能性がある」という表現がカバーしている範囲が、コミュニケーションに使うにはあまりにも広すぎるのです。
この土地から石油が出る「可能性がある」
例えば、こんな話を聞いたとします。
「この土地から石油が出る可能性があります」
さて、どうしましょう。石油を探すために土地を掘るでしょうか。
ロマンあふれる人なら「石油が出るかもしれないのか!」と掘り始めるかもしれません。それはそれで楽しそうです。
しかし、普通に判断しようとしたら困ります。その可能性がどの程度なのか分からないからです。
では、「この土地から99%の確率で石油が出ます」と言われたらどうでしょう。
これはかなり話が変わります。99%なら探してみようと考える人は多いでしょう。
しかし、ここで人を行動させた情報は「石油が出る可能性がある」ではありません。「99%」です。
逆に1%だと分かれば「それならやめておこう」と判断するかもしれません。50%なら、掘るための費用など別の条件を調べてから決めようとするかもしれません。
重要なのは結果として探すか探さないかではなく、可能性の程度が示されることで初めて意思決定に利用できる情報になることです。
分からなくても数字を出した方がいい
もちろん、世の中のあらゆる可能性を正確な数字で表せるわけではありません。「それが起こる確率は正確に30%です」などと言える場面の方が少ないでしょう。
それでも私は、できるだけ数字や程度を示した方がいいと思っています。
「99%くらいだと思う」「五分五分だと思う」「自信はないけど30%くらいだと思う」。これでも十分です。
その30%が統計的に計算された正確な数字でなくても、少なくとも「私はこのくらいだと考えている」という情報は相手に伝わります。
数字で表現しづらければ、「可能性はかなり低いと思う」「十分あり得ると思う」「かなり可能性が高いと思う」でもいいでしょう。
大切なのは、自分がどの程度の可能性だと考えているのかを相手に伝えることです。
あえて曖昧にしたいなら便利な言葉
一方で、「可能性がある」という言葉が非常に便利な場合もあります。
自分の考えを明確に伝えたくないときです。
「可能性がある」とだけ言っておけば、否定はしていません。かといって肯定もしていません。自分がどの程度そう考えているのかも明らかにする必要がありません。
そういう目的なら、「可能性がある」はとても便利な言葉だと思います。
ただし、それは今回考えてきた「自分の持っている情報や意図を相手に伝える」という意味でのコミュニケーションとは、少し違う話になります。むしろ「自分の考えを明確には伝えたくない」という使い方です。
そう受け取られかねないことまで考えると、なおさら私は「可能性がある」という言葉だけで済ませるのは避けた方がいいのではないかと思います。
可能性が「どのくらいある」のかを伝えたい
「可能性がある」という言葉には、「0%ではない」という意味があります。その意味を否定するつもりはありません。
しかしコミュニケーションの手段として考えれば、それだけではあまりにも情報が足りません。
正確な数字が分からなくても、自分がどの程度だと考えているのかを伝えることはできます。その方が、相手もその情報を使って考えたり、判断したりできます。
だから私は「可能性がある」とだけ言うよりも、その可能性がどの程度なのかまで伝えた方が、コミュニケーションとしてずっと有意義なのではないかと思っています。