2020/12/17
私は「奇跡は有り得る」と思っています。
というより、正確には「奇跡は無い」と言い切ることはできない、という考えです。
ここでいう奇跡は、宗教で語られる奇跡とは少し違います。
私が考える奇跡とは、何らかの「パワー」によって、通常では考えにくい現象が起こることです。
そのパワーがどこから来たものなのかによって、いくつかに分けて考えることができます。
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奇跡を起こすもの
まず、人によるものがあります。
偶然やタイミング、並々ならぬ努力、多くの人間の協力などが重なって、結果として「奇跡」としか思えないようなことが起こる場合です。
これは今回の主題からは外します。
次に、我々の宇宙の中にある未知の現象があります。
現在の科学では分かっていないだけで、実際には我々の宇宙の中に存在する未知の法則や現象があるかもしれません。まだ発見されていない存在による作用なども、ここに含められるでしょう。インキュベーターによる干渉があったとしたらここに含まれると思います。
そしてもう一つが、私が便宜上「神」と呼んでいるものです。
私の考える神とは、特定の宗教で語られる神ではありません。
我々が存在している系、つまり我々の考える3次元宇宙の外側にある何かです。
それが一つなのか複数なのかも分かりません。意思があるのか、我々に関心があるのかも分かりません。
そもそも、それが何なのかを説明しようとしているわけでもありません。
ただ、もし系外の何かが系内に作用することがあるのなら、私はそれを「神による奇跡」と考えます。
分からないからといって、無いとは限らない
もちろん、実際に起きた現象を見ただけで、それが未知の科学現象なのか、系外からの作用なのかを区別することはできません。
だから実際には、後から科学によって説明されるものと、最後まで説明できないものを、その時点で区別することもできないでしょう。
しかし、それは「存在しない」ということとは別の話です。
例えば、モーセが海を割り、露出した海底を歩いてエジプトを脱出したというエピソードがあります。
私は、これが実際にあったかもしれないと考えます。
もちろん、本当に起きたのかどうかは分かりません。もし実際に海が割れたのだとすれば、その理由も分かりません。
モーセや脱出する人々、あるいはそれを追うエジプト兵による何らかの作用と偶然が重なったのかもしれない。
それによって、まだ知られていない系内の現象が起きたのかもしれない。
あるいは、系外の何か、私が便宜上「神」と呼んでいるものの力が作用したのかもしれない。
どれが理由なのかは分かりません。
しかし、実際に起きたとしても不思議ではないと思います。
「説明できない」と「存在しない」は違う
ここで大事なのは、「現在の科学で説明できないこと」と「存在しないこと」は同じではない、ということです。
未知の科学現象なら、いつか科学によって説明できるかもしれません。
系外からの作用なら、我々の系内から完全に説明することは難しいでしょう。
それでも、どちらも最初から「そんなものは有り得ない」とする必要はない。
科学とは、現時点で分かっていることだけを絶対視することではなく、まだ分かっていないものを認め、調べていくものだと思っています。
だから私は、奇跡を信じろと言いたいわけではありません。
「こんなことが起きるはずがない」と、最初から可能性を閉じてしまう必要はないと言いたいのです。
奇跡は有り得る。
少なくとも、私は「奇跡は無い」と言い切ることはできません。